第10話
私を棄てた女

オイラの部屋の電話が鳴る事は滅多に無い。友達とかいないからね。かかってくるとしたら勧誘やセールスの類、だから電話はほとんどインターネット専用状態と化している。この日もテレホ時間からネットに出没。いつものようにお見合いネットや映画関係のサイトをフラフラしていた。深夜2時位まで繋ぎっぱなし、明日も仕事だから今日はこの辺にしておこう。オイラはパソコンの電源を切り部屋の電気を消して煎餅布団に潜り込んだ。
 真っ暗な部屋の中で布団に入るといろいろと考えちゃうよ。この先、オイラはどうなるんだろう。親も死んだら独りぼっちか・・・元々人付き合いは苦手だし好きではない。金も女も地位も名誉も財産もない。結婚も出来ないでオタクな生活をしているから、親戚と会うと説教される事が多い。だから親戚付き合いも殆んどしていない。不愉快な思いをするくらいなら付き合わない方が良いのだ。友達もいないし・・・・まぁ・・・サビシイ老後が待っているのは事実だ。死ぬときも誰にも看取られずに消えていくのだろう。でなければ路地裏のゴミ捨て場で「ギョエ〜!!」なんてのた打ち回って死ぬのだろうか?落ちぶれてホームレスにでもなって公園で凍死か?餓死か?別に人に看取られなくても良いから苦しまずに逝きたいネ。寝ているうちに布団の中で死んで、数ヶ月発見されなくて近所の家から噂がたって、警察が踏み込んで布団の中で白骨死体で発見されるのが、オイラの人生の幕引きにはベストかもしれない。いずれにせよバッドエンドだ。仕方が無いネ。でも人の一生にハッピーエンドなんて無いのだ。どんなに金持ちでモテモテでも死んではお終いだ。生活苦になっても長生きはしたいネ。オイラを馬鹿にした連中よりも長生きして奴らが死にそうだと聞いたら、枕もとに立って「ヤ〜イ、オイラの方が長生きするんだぜ。ザマアミロ!!」って言ってやるんだ!(でもインスタント食品ばかり食べているから早死にするかもなぁ。)
 ヘタレのオイラだけど最近は独りで生きていく覚悟が固まってきた。しかし説教をする親戚連中は全然分かってないよ。「嫁さんも貰わないで、この先どうするんだ。」親からも言われマス。でも一つ大事な事を忘れてる。オイラはさぁ・・・モテナイんだよ。貰わないんじゃなくて貰えないの!この辺の事がどうも判っていないようだ。オイラの垢抜けない容貌を見れば分かる事だぜ。それとも分かってて言ってるのか?嫁さんはいらないけどさ、マンダチ(セックスフレンド)は欲しいナ。生きているうちに1度くらいは無料でセックスしてみたいもんだゼ。そんなネガティブな事を考えると暗い気持ちになる。(明るい気持ちになどなった事がないからこういう表現は適切でないかも?)良いゼ。楽しくなくたって・・・そうとも・・・オイラは平気だ!
 そんな事を考えていた時、電話が鳴った。オイオイ深夜2時だぞ。この時間では勧誘ではないだろう。一体誰だ?恐る恐る受話器をとった。
「GUTSさんですか?お久しぶりです、たか子です。憶えてます?」もちろん憶えていた。
 80年代後半。バブルの頃、会社の同僚ソリマチくんに誘われて行った看護婦さんグループとの合コンで知り合った女だ。あの頃、22〜23歳だったかな。当時流行っていたボディコンスーツが良く似合っていた。今から考えるとそれほど美人というわけではなかったのだが、当時は森永奈緒美に似たナイスな美女に見えた。当時、チョイトばかり惚れていたのよ。
 しかしオイラは垢抜けないダサいオタク野郎、全く相手にされていなかった。おまけにたか子チャンは性格がキツかった。周知のようにオイラにはMっ気があるから、そのキツさに惹かれていたんだ。普段はオクテなオイラだが、何度かデートに誘ってその度にはっきりと、「ノー!」と断られていた。当時の言い方で言うとタカビーって奴だったのかもしれない。ソリマチくんやオイラも含めて男女7〜8人で定期的に集まっての飲み会だったのだが、たか子チャンはいつの間にか来なくなった。後で聞いたのだが、気難しいから他の看護婦さん連中とも上手く行っていなかったらしい。それっきりだった。風の噂で結婚して宮崎の方で暮らしているらしいと聞いた。最後に会ったのが90年頃だから約10年振りかよ。でもこんな時間に一体なんだ?「今、宮崎からかけてるの。お金が無いから今から言う番号にかけ直して。」九州局番の番号を言って切ってしまった。オイラは折り返し言われた番号にかけた。かかったと同時にたか子チャンが出た。「何度もかけてたんだけど、ずっと話し中だったね。」と言われた。ネットやってたとは言い難かったので「うん、ちょっと長電話。」と曖昧にゴマかした。10年ぶりとあってお互いに近況報告をした。と言ってもオイラは生活に全く変化がない。 
 しかしたか子チャンの方はなかなか激しい10年だったようだ。飲み会に来なくなった頃に行った中国旅行ツアーで知り合った男と結婚、現在は3歳と1歳の男の子がいるそうだ。ボディコン女が2児の母とは時の流れを感じマス。ところがである、旦那さんとはあまり上手く行っていない様だった。時々しか家に帰ってこないのだそうだ。こう言う時、どう言って良いのか判らないオイラは相槌を打つしかなかった。たか子チャン曰く、「私の性格がキツイからこんな事になっちゃった。」と言っていた。10年経つと己が判って来るのかな?、チラッと思ったよ。しかし夜の夜中に延々と愚痴を聞かされるのは正直弱った。相槌打つのにも疲れてオイラはつい「また昔みたいに飲みたいな。」と言ったら「そんな事出来るわけ無いでしょ。私には子供がいるのよ!」と怒られてしまった。ウ〜ム、やっぱり性格キツイとこは治ってないジャン!結局、この夜は明け方の4時近くまで愚痴を聞かされた。朝8時から仕事だったから眠くて困ったよ。夜中にかかってくるたか子チャンからの電話はこの後、何回かあったけど、その度にオイラは聞き役をしていた。夜中とはいっても九州への電話代もバカにならなかったけど、まぁ仕方が無い。
 何度目かの長電話のある時、「もう実家に帰ろうと思うの。もちろん子供も連れて行くわ。」たか子チャンの実家は確か札幌だったな。北海道の女が九州の男の家に嫁ぐのも極端な話だ。見知らぬ土地では愚痴を聞いてくれる知り合いもいないし、性格がキツイから友達も出来なかったのだろう。だから10年も会っていないオイラのところに電話してきたんだろうな。思うにあの頃が、たか子チャンの女としての絶頂期だったのだろうね。その頃を懐かしむ気持ちがあったから電話してきたのだろう。しかし酷な言い方をすれば、昔自分に惚れていた男が今でもそうだとでも思っているのだろうか。バブルの頃はイケイケのボディコンギャルだったけど、今のたか子チャンはただの子持ちのオバさん。言い寄る男などいるわけもない。一人ぼっちで支えは子供だけだったのかなぁ?。ちょっと気の毒な気もしたけど自業自得だよ。性格がキツイの分かっているのなら、オイラのように独りで生きていく覚悟を持つべきだったのだと思うよ。しかし夫婦仲は良くないのに子供を二人も作ってしまうのだから、男と女の仲は本当に分からないものだよね。
 一ヶ月くらい経った頃、零時過ぎにまた電話が鳴った。たか子チャンからだった。また折り返し電話をかけるように言われた。今度は札幌の局番だった。どうやら本当に実家に戻って来たらしい。子供を親に預けて仕事を探すと言っていた。資格はあるのだからまた看護婦さんをするつもりらしい。励ますつもりで「それならすぐに仕事が見つかるね。」と言ったら「そう簡単には行かないわよ。」と怒られてしまった。相変わらずだなぁ。おそらく帰ってきたことで親から責められ、九州にいる旦那からも文句を言われて気が立っているのだろう。ただでさえヒステリーの傾向があるのに、これでちゃんと子育て出来るのだろうか?
 たか子チャンからの電話はこれが最後だった。本当に離婚したのかは判らない。自分で子供を育てるとしたら大変なことだと思うけど、オイラには関係が無いこと、あまり関わらない方が良いだろう。こちらからは連絡は取っていない。当時、みんなで集まって飲んだ新宿の居酒屋も今は別な店に変わっている。あのバブルの頃、一緒に飲んだたか子チャン以外の看護婦さんたちはどうしているのかな。みんな平凡だが幸せにやっているのだろうか?たか子チャンだけがゴタゴタしているとしたら、性格のキツイ女は大変だ。