♪オイラの青春♪

 

昨年12月23日の続き。 本棚から出てきたのがもう一枚。『仮面ライダーブラック』 である。87〜88年に放送されていたこの作品。毎週楽しみに観ていた。
 続編のRXはストーリーが低年齢層を対象にしたのか単純化されてイマイチだったが、この作品は主人公とシャドームーンの関係等、従来のライダーとは違って設定や人間関係が複雑で見ごたえがあった。
 主役の倉田てつをは最初は線の細い野郎だな、と思った。19歳とはあまりに若すぎる。ヒーローは本郷さんのようなガッチリ体型の大人じゃなきゃサマにならないよ。当時はそう思っていたが、回を重ねるに連れてライダー顔になっていくのには驚いた。

 Wikipediaを見ると、『スーパー1』 以来のTVシリーズという事で、各人の思い入れが強すぎて製作側はゴタゴタしていたらしい。現場は熱かったのだろう。そんな熱気が作品を面白くしていたのかもしれない。
 

放送されていた87〜88年。随分昔にも書いたが、当時はサラリーマンをしていた。一応は本社勤務なのだが、長期の出張が多くて、のべにすると3年ほど山梨県中巨摩郡の工場に住み込みで働いていた。田舎町の常でバイクや車など足が無いと生活が出来ない。最初は東京から持ってきたカワサキKL250を使っていたが、雨の日や冬場はツライ。買い物に行っても大きな荷物は運べない。そこで78年型の赤のシルビアを購入。都内の日産営業所で50万円。最初は『西部警察』 の裕次郎みたいにガゼールオープンカーが欲しかったが、さすがにそれは無理。値段も程度も手ごろなシルビアになった。結構重宝したなぁ。
 勤務時間は朝8時半から。忙しくなると夜は23時くらいまで働いたが、普段は19時半まで。甲府市内に修行の場を確保して毎晩シルビアで通っていた。道中、帰りはYBSラジオを聴いていたが、行きは景気をつけるために聴きまくッていたのが『仮面ライダーブラック』 である。

 このブラックには良い歌が多い。この手の全曲集だと好みでないのが必ず何曲かあるものだが、ブラックには無かった。皆それなりに聴いてしまう。バブル期らしく軽快でパンチのある曲調は聴いていて気分が昂揚する。中でも『ブラックホール・メッセージ』 や『変身!ライダーブラック』 は好きな歌。この二曲は南光太郎が変身して戦うときに流れていた気がする。しばらく観ていないので記憶は曖昧。

 今聴くと結構恥ずかしいのは主役の倉田てつを氏の歌う『オレの青春』 。作詞は石ノ森章太郎。作曲は渡辺宙明。二大巨匠の手による名曲である。例によって、主題歌同様主役に歌わせようという強引な一曲なのだが、これがまた良い歌なのだ。当時はこれ聴いて「頑張ろう!」 なんて思ったっけ。

 この頃の田舎暮らしは、経済的には悪いものではなかった。工場内での作業は忙しかったが、会社の借りたアパートでの一人暮らし。家賃、電気ガス水道代全て会社持ち。出張で来ているので出張手当が付いた。当時はバブルで会社も景気が良かったのだろう。手当てだけで毎月4〜5万円もらえた。給料には手を付けず出張手当だけで暮らすことが出来た。定額貯金の金利も7%くらいあった頃なので、給料の殆んどは定額に入れていたっけ。オイラはこの数年後に会社を辞めたのだが、この時に入れた定額貯金が満期になったときは「あれから10年経ったのか!」 ジーンと来るものがあった(涙) 。

 金には困らなくてもオタク野郎の孤独感が癒される事はない。オイラも若かったから、女が欲しいとか、彼女がいればなぁ、なんて夢見る少年のようなことも考えた事はあった。そういや修行の場でも熱心に来ていた奴が、ある時から来たり来なかったり。プッツリ来なくなる奴もいた。数ヶ月から1年くらい経った頃に現れて、「実は結婚することになりました。」 ってのが多かったなぁ。あの頃修行の場の連中の多くは20代半ばから30歳くらい。適齢期ってやつだろう。まともな奴なら先の事を考えるもんだ。
 王者のオイラには当然そんなものはない。だいたいそうなれるような努力もしていなかった。やることといえば修行あるのみ! 今から考えるとバッカみたい(笑) 。根性もないくせにネ。どうせオイラにはカッコイイ事とか、華やかなことには縁が無い。オイラは選手ではなく、戦士なのだ! と勝手に決めてやっていたっけなぁ。そんな時にピッタリの歌が『オレの青春』 だった。
 陳腐でストレートすぎる歌詞は今聴くと恥ずかしいが、当時のオイラの心情にはグッときたのヨ。この歌を口ずさんで田舎町でくすぶっていたのだった。……続く(って続かないよ) 。