第16話
夜の最前線・女(スケ)狩り
オイラやソリマチくんの上司に野村係長という人がいる。係長は45歳、酔っ払うとどこの方言だか知らないが訛った口調になって楽しい人だ。日本のビバリーヒルズ・神奈川県の相模原(と、本人は言っている)の家には奥さんと2人の娘、2匹の犬がいる。小太りで脂ぎった風体からはとても妻子持ちとは思えないが、本人に言わせると若い頃は結構モテたというから時の流れというのは恐ろしい。
係長はお世辞にも仕事は出来るとは言えなかった。時々ミスをする事があるのだが、その度にソリマチくんがフォローしていた。おまけに会社の飲み会では酔っ払うとすぐに脱ぎたがるから女子社員のヒンシュクを買う事も多かった。それでも妙に憎めないキャラクターの人だった。
ある日の仕事帰りにこの野村係長とソリマチくん、オイラの3人で会社近くの居酒屋で飲んだ。係長は例によって訛ってきて「こないださァ、痴漢に間違われちゃってさァ。」
係長の話はこうだった。夜、ビバリーヒルズの自宅へ帰るために駅からバスに乗る。最寄りの停留所で降りて家まで徒歩10分。この夜、停留所で降りたのは係長と若い女性の2人だけだった。偶然にも歩く方向も一緒だった。この女、10メートルほど後を歩く係長を妙に意識していた。「チラチラこっちを見るからさァ。私に気があるのかと思ったりしたのヨ。そんな事ある訳無いのは分かってるけどさァ。やっぱり期待しちゃうよなァ。」
そんな事を考えていたら女はいきなりダッシュで走り出し、30メートルほど先にある交番に駆け込んだのだ。女は「変な男に後をつけられている。」と助けを求めたのだろう。すぐに血相変えた警官が飛び出してきて係長を職務質問してきたそうだ。人の良い係長は最初、何があったのか理解できなかったらしい。交番の中に連れ込まれ取調べを受けた。しかし住所からこの道が通勤路だという事がわかり、疑いは晴れた。
「警察は身元確認の電話をしたらしく家族にバレちゃってさァ。家に帰ったらカミさんには文句言われるし、娘には白い目で見られるし散々だったよォ。」
オイラはどんな女だったのか尋ねた。こういう被害妄想女はロクでも無いと相場は決まっている。「よくぞ聞いてくれまチた。そリがさぁ、昔、ウルトラマンに出てきた怪獣ガマクジラみたいだったのよォ。誰がガマクジラ女なんか襲うっていうのヨ。例え地球にこの女しかいなくなっても手なんか出そうって気にはならないヨって!ガハハ!」
下品な笑いを入れながら係長は話してくれた。 そうなのだ。大して美人でもない女に限って自意識過剰というか被害妄想の気があるのは何故なのだろう?男は美しくもない女なんか注目していないのに、ガマクジラ女に限って必要以上に男の目を意識している。女のそういう姿ほど見苦しいものはない。思うにそうやって少しでも自分に女としての商品価値がある事をアピールしたり確認したりしたいのだろう。しかし元々、そんなもの無いのだからそういう行為にも無理がある。美人は自分が美しいと言うことを物心ついた頃から自覚しているからそんな愚かな事をする必要がない。変な男がいても「ああ、またか・・・」で終わるのだ。
しかしこの話しを聞いて身につまされた。同じような経験ならオイラもあるよ。
ある日、知り合いの8階建てのマンションに遊びに行った。その時、マンションの住人らしい若い女と乗り合わせた。オイラはエレベータに乗って知り合いの部屋のある4Fのボタンを押した。同乗した女はボタンを押そうとはしなかった。この女も4Fで降りるのかと思った。4Fに着いてオイラはエレベータを降りた。しかし女は降りないでドアを閉めて上に昇って行ってしまった。変なの?と思った。しかし良く考えるとその理由もわかった。要するにあの女はオイラに自分が降りる階を知られたくなかったのだろう。自分の階が知られると部屋に侵入されるとでも思ったのだろうか。たしかにオイラは怪しい風体をしている。着ている物もダサダサの格好だ。外見は性犯罪者の見本のような男だ。だからといって何もしていないのにこれだけ警戒されるのは不愉快だ。女の立場からすれば、男はみんな狼(古い!?)だから警戒するのは当然。襲われてからでは遅い、ということになるのだろう。でもねぇ、この時のエレベータ女はギャンゴに似てたんだヨ(笑)。いくらオイラが日本モテナイ級王者だといってもギャンゴ女なんか襲うかよ!
この夜の飲み会はその手の話しで盛り上って終わった。最近は通勤の電車内で痴漢の冤罪事件も多いから気をつけようという話しにもなった。満員電車の中で立っている時はバンザイ状態でいた方が良いそうだ。とにかくこの手の事は女が騒いだらそれでもうオシマイである。疑われたら言い逃れは難しい。悪質な女ならこれで恐喝できるよナ。
ソリマチくんはオイラと野村係長の話しを呆れ顔で聞いていた。彼はモテモテくんだから分からないのだろう。
帰り道、電車は混んでいた。両手でつり革にぶら下がりバンザイ状態になった。オイラのようなブ男が都会の片隅で生きていくにはこういう自己防衛が必要だ。
電車を降りて駅から家まで徒歩約15分。トボトボと歩いているとオイラの15メートルくらい前方を歩いている女がいた。おそらく同じ電車に乗っていたのだろう。ひ弱なオイラだが女の足よりは早い。普通に歩いていても徐々に距離が狭まっていく。追い越すのは時間の問題だが、追い越すときに騒がれて野村係長みたいな目にあったらどうしようかと思った。そう考えると素直に追い越すことが出来なかった。かと言ってこの間々、後ろを歩いていても怪しまれる。後姿から見ると女はデブだった。ガラモンみたいな感じだ。あれでは当然、美人ではないだろう。自意識過剰女だったら大変だ。係長と違ってオイラはイイ歳をして結婚はおろか彼女も出来ないオタク野郎。いわば性犯罪者としての条件を満たしている男だ。近所で小さい女の子がいなくなったら警察は真っ先にオイラを疑うのではないか、という不安をいつも持っていた程だゼ、ヤバイ!
この先は公園。時刻は零時近い。夜、公園、危険な匂いにドキドキである。気のせいかガラモン女は後方のオイラを気にしだした。仕方がない。本当は公園を横切っていくのが近道だが遠回りしてコンビニに寄っていこう。立ち読みでもして行くか!
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