第14話
新宿に朝は来るけれど

 

 

 毎回、登場している会社の同僚ソリマチ君。いつもお世話になっております。彼は仕事は出来るし中々の二枚目。そんなイカス男のソリマチ君の趣味が合コンであった。モテるのにどうして?と思うのだが、オイラのようなブ男ではアマチュア女と会話出来るのはこの合コンの席だけ。大事にしなくちゃネ。
 あれは5年くらい前のこと。この頃オイラたちは某商社OLのグループと頻繁に飲み会をしていた。このOL組、初めて飲んだ時は5人来ていたのだが、会う度に増えたり減ったりまた違うのが来たりと入れ替わりが激しかった。それでも毎回、欠かさず来ていたのがマキコちゃん。その名の通り田中真紀子にソックリだった(笑)。マキコちゃんは34歳。野太い声で気の強そうな女であった。ソリマチ君の話では某国立大学出身の帰国子女で商社では期待の女性総合職らしい。そんな大物?なのに飲み会には欠かさず来ていたのは何故だったのだろう。思うにマキコちゃんはソリマチ君が目当てだったのではないかな。しかしソリマチ君はマキコちゃんの事など眼中にはなかったようだ。そりゃそうだよナ。江角マキ子似ならとも角、田中真紀子だよ。(真紀子支持者の方、いたらゴメンナサイ。)どう考えてもナイスガイのソリマチ君とは釣り合わないヨ。
 しかしマキコちゃんはこの辺の事が分かっていないようだった。期待の女性総合職の彼女は自分に相当な自信を持っているらしく鼻息が荒かった。
「学歴もキャリアも完璧な私なのにどうして彼が出来ないの?」
 マキコちゃんは内心そう思っていたのだろう。確かに完璧かもしれないが、どうも勘違いを起こしているようだった。オイラ程度の男でもそう思うのだからソリマチ君も同じだったと思う。こういう女は深入りするとストーカー化したり、地雷女になると雑誌で読んだ事がある。とは言ってもオイラはそんな地雷女にすら相手にされないオタク野郎であった。
 ある週末の夜のこと。この商社OL組と何回目かの飲み会をした。場所は新宿三丁目にあったワインハウス。ソリマチ君はこういう席のムードメーカー的な存在で上手に場を盛り上げてくれた。で、楽しく時間を過ごす事が出来た。時刻は零時近くになった。そろそろ引き上げなければ終電に乗り遅れてしまう。みんなで新宿駅へ移動した。この時、マキコちゃんの挙動がおかしかった。ソリマチ君に寄り添うように何か話していた。ソリマチ君は逃げ腰のようであった。たしかマキコちゃんの家は八王子の方だったな。ソリマチ君は調布のマンションだ。二人とも京
×線だな。オイラは23区内だし他の連中はみんな池袋方向だ。マキコちゃん、ソリマチ君と二人で帰れるよ。オイラは心の中でマキコちゃんにエールを送った。
 ところが新宿駅に着くとソリマチ君は「今日は実家に帰るよ。」と言ってJRの改札に消えて行ったのだ。ソリマチ君に続いてみんなそれぞれの方角に散って行った。
 しかしマキコちゃんは京
×線の方には行こうとしなかった。オイラはマキコちゃんに尋ねたら何と!八王子方面に行く電車はもう終わっていると言うのだ。終電間に合わないことをマキコちゃんは知っていたのか?だってソリマチ君と帰るつもりだったんだろ?電車が無いのを口実にマキコちゃんは朝までソリマチ君と二人でいようとしたのか?その企みに気づいたからソリマチ君は急に実家に帰るなんて言ったのか?八王子までではタクシー代も大変だ。「この女もやっぱり?モテナイんだな。」自分を見ているような気がした。同情したオイラは止せば良いのに「始発まで居酒屋辺りで時間をつぶそう。」と言ってみた。この時、マキコちゃんの表情が一瞬曇ったのをオイラは見逃さなかった。でも背に腹はかえられないネ。前述したようにマキコちゃんは女としての自分に異常な自信を持っている。だから飲み会の時もブサイクなオイラとは事務的な会話しかなかった。おそらくオイラと一緒に夜明かしなんて嫌なのだろうな。

 歌舞伎町あたりの居酒屋なら朝まで開いているだろう。しかしマキコちゃんは何かを思い立った様に三丁目の方にスタスタ歩き出した。「どこ行くんだよ?」と思った。まさかホテル?無料でやらせてくれるなら田中真紀子似でも良いゾ!ってそんな事があるわけ無いよな(笑)。

 マキコちゃんは伊勢丹の裏にある映画館テ×トル新宿に入っていった。入り口の看板をチラッと見たらこの夜は鈴木清順オールナイトであった。マキコちゃんは入り口で係員に不機嫌な口調で「今日は何の映画?」と尋ねた。係員は『東京流れ者』『くたばれ悪党ども』『殺しの烙印』の三本と答えた。マキコちゃんは係員に「何それ?知らないのばっかりね。でも良いわ。」と言って一人で自分の分の入場料払ってさっさと中に入ってしまった。オイラもあわてて金を払い後に続いた。
 上映中、マキコちゃんは映画も観ずに寝ていた。時刻がそろそろ始発も動き出す明け方4時過ぎに突然目を開けたマキコちゃんは、まだ上映が終わらないのに何も言わずに立ち上がり出て行ってしまった。まだ映画も終わらないし、同情して声をかけた事に後悔したオイラは黙って彼女を見送りマチタ。
 数日後、あの夜のことをソリマチ君に尋ねてみた。やはり彼は終電過ぎていると言うマキコちゃんに迫られて逃げたと言っていた。彼はオイラがマキコちゃんと映画館で夜明かしした事まで知っていた。マキコちゃんから電話があったのだそうだ。腹の立つ事にマキコちゃんはオイラにホテルへ行こうと誘われて怖かった。だから映画館に避難したと語っていたそうだ。ざけんじゃねぇゾ!そりゃチラッとは思ったけどホントに誘うわけないだろう。勿論、ソリマチ君も彼女の言うことなど信じてはいなかった。おそらくそう言って少しでも自分の女としての商品価値を上げたかったのだろう。そして自分の誘いを断ったソリマチ君を後悔させたかったのでないかな。
 この商社OLグループとの飲み会もいつの間にか自然消滅してしまった。 マキコちゃん、今はどうしているのだろう?君は仕事に生きてくれ。その方が良いヨ。